大判例

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長崎地方裁判所 昭和49年(わ)210号 判決 1980年8月22日

主文

被告人Aを懲役五月に、被告人Bを懲役三月に処する。

被告人両名に対し、この裁判確定の日からいずれも二年間その刑の執行を猶予する。

押収してあるクリッパー一個及びシノ一本を没収する。

訴訟費用は被告人両名の連帯負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人両名は、いずれも長崎県西彼杵郡西海町が計画している同町内の中学校統合に反対していたものであるが、昭和四八年一〇月二六日、同町臨時議会において、右統合中学校用の土地取得案が審議されることを聞知するや、同町議会議場を封鎖して同議会の開催を阻止しようと企て、共謀のうえ、

第一  同日午前八時五〇分ころ、両名で、同町木場郷二二三五番地所在の同町役場三階の町議会議場に至り、共同して同議場の入口四ヵ所に内部から机、椅子等を積み上げ、各扉のドアチェックに所携の針金を巻きつけて、開扉できないようにするなどして同議場を封鎖したうえ、内部にたてこもり、よって同日午前一〇時ころから同日午後四時四〇分ころまで、右臨時町議会の開催を不能ならしめ、もって威力を用いて同町議会の業務を妨害した。

第二  同日午前一〇時三〇分ころから同日午後三時三〇分ころまでの間、前同所において、同町町長麻生啓三らから直ちに同議場内より退去するよう要求を受けたのに、故なく同所より退去しなかった

ものである。

(証拠の標目)《省略》

(弁護人の主張に対する判断)

第一威力業務妨害罪について

一  弁護人は、公務員の行う公務については、専ら公務執行妨害罪の適用のみを考えるべきであって、威力業務妨害罪の「業務」に当たらないと解すべきところ、町議会の開催は町議会議員ら公務員の行う公務であるから、これを暴行、脅迫に至らない程度の威力を用いて妨害した行為は刑法二三四条、二三三条に該当しない旨主張する。

そこで検討するのに、町議会は、憲法及び地方自治法に基づいて設置され、当該町の住民によって選挙された議員をもって組織されているものであり、その権限は、当該町に係わる条例の制定及び改廃並びに予算、地方税の賦課徴収、財産の取得または処分等に関する議決などを行うものであって、そのための町議会の開催が公務であることはいうまでもない、ところで、一般に公務といっても、その中には、直接私人に対して命令、強制を現実に加えるところの権力的支配的作用を行う職務と、そうでない非権力的非支配的作用を行う職務とが考えられるが、後者の職務については、一般私人または一般私企業等の行う業務と比べてその内容・実態に何ら差異のない場合は、刑罰による保護という面でこれを区別しなければならない理由はない。右の観点からすると、前記町議会の議決などそれ自体は、直接住民に対して現実に強制力を及ぼすような権力的支配的作用を行使する職務ではなく、いわゆる非権力的非支配的職務というべきものであって、しかもその議会の議事及び議決の過程そのものの実態は、一般私人及び一般私企業等の行う会議のそれと何ら異なるところはないのであるから、右議決等を目的として行われる町議会の開催が威力業務妨害罪の対象とはならないとする合理的根拠は全くないものといわなければならない。したがって、暴行、脅迫に至らない程度の威力によって町議会の開催を妨害した行為は、威力業務妨害罪を構成すると解するのが相当である。弁護人の主張は理由がない。

二  次に、弁護人は、判示第一記載程度の妨害行為は、威力業務妨害罪の「威力」に当たらない旨主張するが、刑法二三四条にいう「威力ヲ用ヒ」とは、人の意思を制圧するに足りる勢力を用いることをいうものと解すべきところ、被告人らは、判示第一記載のとおり、西海町役場三階の町議会議場の入口四ヵ所に、内側から机、椅子等を積み上げてバリケードを作り、各扉のドアチェックに針金を巻きつけて開扉できないようにして議場を封鎖したうえ、内部にたてこもったものであって、午前一〇時ころから被告人らが議場を退去した午後四時四〇分ころまでの間、議員は勿論、町の職員など一切の者の入場を不能ならしめたものであるから、被告人らの右行為が人の意思を制圧するに足りる勢力の行使にあたることは明らかであり、弁護人の主張は理由がない。

三  次に、弁護人は、被告人両名は、町当局者と話し合うことを議長が約束し、議長の承諾のもとに議場に入場したものであるから、議会が開催されなかったという外形的結果が生じたとしても、これは話し合いをするという約束を履行しなかった議長、町長らの責任であって、威力業務妨害罪の「妨害」に当たらない旨主張するが、前掲各証拠によれば、議長は、当時議会開催前に開かれる予定であった役員会等のことを考えていたりしていたため、議長室から議場に入って行く被告人らを見ても、入口を間違えた議会傍聴人位にしか考えていなかったものであって、議長が議会封鎖を目的とした被告人らの議会入場を承諾したり、また町当局者と話し合うことを承諾した事実は認められないことに併わせ、被告人らの前記議場封鎖の態様などを考えると、弁護人の右主張が全く理由のないことは明らかといわねばならない。

第二不退去罪について

一  弁護人は、被告人両名は、町当局者と話し合うために、議長の承諾のもとに議場に入場し、町当局者が話し合いに来るのを待っていたもので、故なく退去しなかったものではない旨主張するが、判示のとおりの手段・方法で議場を封鎖したうえ、内部にたてこもり、町長等の再三の退去要求にも応じようとしなかった行為態様に照らして考えると、右主張を容れる余地のないことは極めて明白である。

二  次に弁護人は、被告人らは、町当局者の退去要求に応じて任意に自主的に議場を退去したものであるから、不退去罪を構成しないし、また町当局者の不退去罪としないから退去せよとの最後通告に応じて退去したものであるから、これに対して公訴を提起することは公訴権の濫用である旨主張するが、いずれも右主張の理由のないことは論を俟たない。

第三正当行為及び緊急避難の主張について

弁護人は、本件の統合中学校用の土地取得案は、従来三校あった中学校を一校に統合しようとするものであり、これは文部省の通達(文初財第四三一号、「公立小・中学校の統合について(通達)」と題する書面。これには「学校規模を重視する余り無理な学校統合を行い、地域住民等との間に紛争を生じたり、通学上著しい困難を招いたりすることは避けなければならない」旨の記載などがある)を全く無視し、多数住民の意思に背反しているものであって、被告人らはこれを強行採決しようとした違法不当な臨時議会の開催を阻止しようとしたものであるから、刑法三五条の正当行為に当たる旨、また被告人らの行為は、従来の三校が一校に統合されると、七釜地区住民の長年の文化の中心であった七釜中学校が廃校となり、地区住民の精神的支柱を喪失し、殊に七釜地区の生徒は遠距離通学を余儀なくされるため、その心身に与える悪影響、生徒の安全、学校教育活動への悪影響並びに父兄に対する精神的不安感及び経済的負担の増大等、多数地域住民の生命・身体・自由若しくは財産に対する現在の切迫した危難を避けるため、他に手段・方法は全くなく、己むことを得ざるに出でたる行為であるから、同法三七条一項の緊急避難に当たる旨、それぞれ主張する。

そこで検討するのに、前掲各証拠を総合すると、次の事実が認められる。すなわち、長崎県西彼杵郡西海町は、瀬川、面高、七釜の旧三ヵ村が合併して西海村となり、その後西海町となったものであるが、中学校は、旧三ヵ村に一校づつあったところ、合併後の昭和三七年ころから、中学校統合の話しが持ち上がり、この当時は、一校統合と二校統合の二つの案があって、教育委員会や議会の関係議員らが、熊本県阿蘇郡小国町などの既に実施されていた統合中学校を見学するなどして調査研究を進めていた。そして昭和四六年ころから、町当局、教育委員会及び議会関係者らの間で中学校統合問題が具体的に議論されるようになり、昭和四七年ころには住民の一部反対意見があったものの、一校統合案が大勢となり、昭和四八年三月には、町議会の定例議会において、一校統合を前提とした土地取得費、土地造成費等を計上した当初予算が可決され、次いで同年六月の定例議会において、右に関する補正予算が可決された。そこで町当局は、同年七月ころから、統合中学校建設予定地を定めて用地の買収にかかり、同年九月ころ、土地売買の仮契約をするに至ったが、右土地の取得については、地方自治法上町議会の議決を必要とするところから、同年一〇月二六日、臨時議会を開いて右統合中学校用の土地取得案を審議することにした。この間、町当局は、同年四、五月ころから、前後四回にわたり、一校統合案の説明及び住民からの意見聴取のため、各地区において、住民との会合を持ったが、右統合中学校建設予定地から最も遠隔地となる西海町中浦郷、七釜郷の地区住民を中心として、一校統合案に反対する意見が強く出され、同地区には一校統合に反対する会が結成され、被告人両名もその一員として反対運動に参加した。そして同年一〇月二五日、右反対する会は、平和的手段をもって反対の意思を町当局に示すべく翌二六日の臨時議会に大挙して傍聴に詰掛けることを決定し、当日は百数十名にのぼる住民が町役場に集合したが、右のような手段に飽き足りなさを感じていた被告人両名は、当日の朝、前記土地取得案の審議が臨時議会において行われることを聞き及び、直ちに町役場に赴いて判示のとおりの行動に及んだものである。

以上の事実によれば、中学校の統合は、地方自治の本質的要請から公正な手続に則って進められるべきところ、西海町当局においては、中学校統合の問題が持ち上って以来、調査研究及び関係予算の議会における議決、さらに地域住民との対話等を通じて右統合計画を推し進めていたものであるから、それ自体は手続に何らかの瑕疵があるというわけではない。確かに前記文部省の通達に照らして考えると、右統合計画が必ずしも適切妥当なものであったかどうかに疑問は残るものの、そうだからといって西海町当局及び同町議会が推進しようとした臨時議会の開催及び前記土地取得案の審議が直ちに違法不当となるものでないことはいうまでもない。また同町内には右統合計画に反対する住民が存在し、臨時議会における前記土地取得案の審議が右住民らの意思に反する結果となることではあっても、そのことから直ちに右議会の開催が違法不当となるものでないことも明らかなことである。被告人両名は、一部住民の反対意見を背景に住民の利益を守ることを目的として判示の行為に及んだことは認められるものの、法秩序を守り、これに従って行動することが民主主義の根幹であるから、一定の目的を達するためにとるべき手段・方法には、当然社会通念上容認される相当な限度があることはいうまでもないことであって、この観点からすれば、被告人らの判示行為は、その目的の正当性如何に拘らず、その手段・方法において社会通念上容認される相当な範囲を著しく逸脱しており、法秩序に違反する違法なものといわざるを得ないものである。そしてその与えた影響も決して軽微とはいい難い。また、弁護人は、他にとるべき手段・方法がなかった旨主張するが、確かに本件土地取得案が臨時議会で議決されれば、遠隔地の生徒や父兄に何らかの影響を及ぼさないでは置かない中学校一校統合の計画が、実現に向けて一歩前進することは疑いないけれども、右取得案が議決されただけでは、反対住民の意思を実現する手段・方法が全く跡絶えたというわけではないのである。右議決に基づいて行われる町当局の執行の段階においても、町当局者と話し合うなど平和的手段をもって反対住民の意思を反映させることは不可能ではないうえ、被告人らが一校統合計画に基づく本件の土地取得を違法不当であると考えるならば、同町の監査委員に対し、住民監査請求を求めることもできるし、さらに進んで住民訴訟を提起するなど司法機関による法律上の救済手段をとることは可能であり、その機会は十分にあったということができる。そうである以上窮極的にはこのような法の定める手続によるべきことは法治主義に由来する当然の要請であるから、被告人らにこのような方法を要求することは何ら難きを強いるものではないといわなければならない。それにも拘らず被告人両名は、これらの合法的な手段に訴えることもしないで、敢て判示のような実力をもって自己の目的を達成しようとしたものであって、行為の態様、その及ぼした影響などをも併わせ考えると、被告人らのとった行動が、刑法三五条にいう正当行為といえないことは勿論、また同法三七条一項にいう自己又は他人の生命、身体に対する現在の危難を避けるためやむを得ざるに出でた行為に該当するものとは到底認め難い。弁護人の正当行為及び緊急避難の主張はいずれも採用することができない。

(法令の適用)

被告人両名の判示第一の所為は刑法六〇条、二三四条、二三三条、罰金等臨時措置法三条一項一号に、判示第二の所為は刑法六〇条、一三〇条後段、罰金等臨時措置法三条一項一号に、それぞれ該当するが、右は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として重い判示第一の罪の刑で処断することとし、所定刑中懲役刑を選択し、その所定刑期の範囲内で被告人Aを懲役五月に、被告人Bを懲役三月に処し、情状により同法二五条一項を適用して被告人両名に対し、この裁判の確定した日からいずれも二年間その刑の執行を猶予し、押収してあるクリッパー一個及びシノ一本は判示第一の犯罪行為の用に供した物で、被告人A以外の者に属しないから、同法一九条一項二号、二項を適用してこれをいずれも被告人Aから没収し、訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条により被告人両名に連帯して負担させることとする。

よって主文のとおり判決する。

(裁判官 山口毅彦)

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